ジョン・フォン・ノイマンIQ300 「悪魔の頭脳」「火星人」「1000分の1インチの精度で噛み合う歯車を持った完璧な機械」
タラレバだけれど・・・もし、この超天才がいなければ原爆の開発は成功しなかっただろうと言われています。
長崎に投下されたプルトニウム型原子爆弾ファット・マンのための爆縮レンズの開発を担当し、1940年代に爆轟波面の構造に関するZND理論を確立し、この理論を元に10ヶ月にわたる数値解析によって、爆薬を32面体に配置することによって、原子爆弾が実際に実現できることを示した。
もっとも、ご本人も最後は放射線を浴びた事によるがん発症で亡くなりましたが。
ここ数日は、伯父に貰った第二次大戦の本を読んでます。
主に海軍についてなのだけど、結構酷いったらない内容も散見します。
坂井三郎(大空のサムライ・戦闘機乗り)さんの著書でのお話。
ある作戦で爆撃機が爆撃に向かってそこで被弾した。
とても優秀なパイロット・乗組員だったため、被弾しても基地に帰り着いた。
それなのに、上官は被弾したことに「なぜ自爆しなかった!次に出撃したら自爆しろ!」と命令をしたらしい。
次の出撃でその爆撃機は自爆をしたそうで、坂井さんはその模様を悔し涙ながらに見送ったらしい。
太平洋戦争に突入する前、日中戦争の頃はパイロットに「被弾してもかまわん!必ず帰ってこい!」って言うのが訓示されていたのに、どこでどうねじ曲がったのかわからないとも・・・
あちきが尊敬してやまない最後の海軍大将「井上成美」は、日米開戦(真珠湾攻撃)の成功を通信士官が「おめでとうございます」と電報を届けた時、「何がめでたいだバカヤロー!」と物凄い剣幕で怒鳴ったといいます。
(その通信士官は、そのときは何故自分が怒鳴られたのかわからなかったけれど、本土に帰還し、焼け野原となった東京を見たときはじめて、井上の「バカヤロー」の意味を理解したといいます。)
井上成美は、海軍兵学校長に補された時、(終戦を実現した時の首相)の鈴木貫太郎が来校したとき「井上君、教育の成果が現れるのは20年後だよ」といわれ、 わが意を得たりと大きく頷いていました。その教育方針は、基礎教育に重点を置き、敵性語とされた英語教育廃止について「日本語しか話せない海軍士官など世界で通用するものか!」と一切聞き入れませんでした。
また、後に敗戦が濃厚となった頃、秘密裏に終戦の研究(終戦工作)を部下に命じ、工作を行わせています。
話がジョン・フォン・ノイマンから、ねじれの位置にすっ飛びましたが、やっぱ、すごい人です。井上成美大将・・・